承認欲求のハンドリング

タイトルのようなことを考えてみます。私は別に心理学者でもカウンセラーでもメンタリストでもないし文字通りの意味の素人意見なので、内容はあまりアテにしないでください。書きたい内容もあまりまとまってないので、書きながら考えます。

承認欲求は誰にでもきっとある

承認欲求は人間誰しもあると思います。最近ネット上での私の周囲では、たとえばインスタでいいね集めの承認欲求とか、クリエイターがいいね・リツイートの数はフォロワーの数にこだわるのも承認欲求と言えるかと思いますが、別に何かを発信する人ではなくても多かれ少なかれあると思うんですよね。たとえば仕事で成果を出して褒められたい、面白いことを言って友達のグループから良い奴と思われたい、頼られたい、みたいな。こういうのに類することってあると思うんですよね。

承認欲求のプラスの作用

承認欲求は上手く使えば自分自身を成長させることができます。私のケースだと、たとえばイラストを公開した時のいいね・リツイートの数に目標を設定したり、いつまでにあと〇人にフォローしてほしいから情報発信の方法や立ち回りを考えたり、みたいな。あんまり書くと恥ずかしいし打算的なのでこの辺にしておきますが、まぁそんな感じです。実際に目標を設定してから、その目標を達成できるように練習したりとか色々やって、私は自分ではかなりイラストが上達したなと思います。

承認欲求のマイナスの作用

一方承認欲求のあまり良くないケースとして、まぁ良くないって断定するなって話かもしれませんが、個人的に良くないと思うケースとしては「がんばって〇〇したのに誰にも(あるいは想定していたよりも)ほめてもらえなかった・反応してもらえなかった」「〇〇を目標にしていたけど達成できなかった」というのが理由でネガティブになってしまうことですね。

あとは、極端な意見を発信して、それに同じく極端な意見を好む人が同調して、それで承認欲求が満たされていくパターン。これも個人的には微妙に思います。たとえばこの間もTwitterでとある人が謝罪していらっしゃいましたが、

  1. とある人・組織がやらかす
  2. 中立の立場から苦言を呈す
  3. 元から反対の立場の人たちが同調する
  4. 自分の言うことがたくさん拡散・同調されて気持ちよくなって発言が過激になっていく
  5. 元々中立だったのにすっかり反対の立場になる(と少なくとも周囲からは思われている)

みたいなケースって結構あると思うんですよね。私も気を付けなければと思わされることがあるのですが、たとえな政治家の発言を報道するニュース記事を何気なく「これはちょっと…」みたいなコメントを付けてツイートしたら知らんアカウントからめちゃくちゃいいねがついたら、知らんアカウントからめちゃくちゃ絡まれたりみたいな。

ツイートでもなんでもそうですが全世界にリアルタイムで発信する以上、こういうことはあり得るんですよね。でもそれについている「いいね」は別にそんな大層なものじゃないんですよ。たとえば私がツイートをいいねする時は(これを書くのも恥ずかしいですが)、本当にこの内容は素晴らしい!と思っていいねすることもあれば、別に日常の一部になっているのを惰性でいいねしたり、深い理由はなくなんとなくいいねしたりする訳ですよね。で、なぜかたくさんいいねがつくようなニュース記事のシェアとかも、多くの人にとっては「なんとなくのいいね」だったりするかもしれないので、それで「俺承認されてる!もっともっと発信しなきゃ!」ってなるのは、個人的には違うと思うんですよね。まぁ人が何考えてるかなんて知らないですが。

承認欲求をどうハンドリングするか

これもまぁ色んな意見はあるかもしれませんが、「目標にしてた数の反応がなかった」とかで落ち込むのって私は勿体ないと思うんですよね。というか、これを書くといらぬ誤解を生みそうなんですけど、他人はコントロールできない以上評価の基準を他人に委ねていても仕方ないと思うんですよね。素晴らしい作品を発表してもそれが評価してもらえるかなんて自分ではコントロールできない領域ですもん。見た人はたまたま不機嫌な時で、たまたまいいねしてくれなかったのかもしれないじゃないですか。

それで「頑張って何時間も費やして描いた絵が10いいねしかつかなかった…」みたいに落ち込むのって損だと思います。気持ちは分かりますけど、でもやっぱりもったいないと思いますよ。というかいいねしてくれた10人にも失礼じゃないですか?「あなたたち程度のいいねでは私の承認欲求は満たされない」って暗に言ってるみたいでなんか嫌じゃないですか?少なくとも私は、自分がいいねした作品の作者が「〇いいねしかつかなかった…」とか言ってたらかなり嫌な気分になりますよ。応援してくれる人、自分の作品を好きと言ってくれる人も巻き込んでネガってるんじゃねぇよ、と思いますよ。そういうことに遭遇したことはあまりありませんが…。

で、じゃあどうするかっていう話ですけど、簡単です。数字は気にしなければいいです。目標を立てるのはいいとしても、結果を深く受け止めすぎないのが大事だと思いますね。結果よりも過程を重視すべきだと思います。ビジネスの世界ではしばしば過程より結果、みたいな風潮があり、それはそれで利益を上げることを目標にするのなら一理ありますが、少なくとも私は趣味で絵を描いているし趣味でブログを描いているし趣味で写真を撮っているし、自分の時間でやっているプログラミングだって趣味です。趣味なんですよ。文句あるんか。こら。って感じです。

これは藤井聡太さんも同様のことを発言していらっしゃいます。

やっぱり結果ばかり求めていると、それが出ないときにモチベーションを維持するのが難しくなってしまうのかなと思っているので、結果よりも内容を重視して、1局指すごとに改善する点は見つかると思うので、それをモチベーションにしていきたいと思います
from W最年少記録達成の藤井棋聖、今後も結果にこだわらず 強くなることで「違う景色が見られたら」(よろず~ニュース) – Yahoo!ニュース

そうなんですよ。私が言いたいことはまさにこういうことで、結果にこだわるよりも過程や内容を見た方がモチベーションを保てるんですよ。プロの将棋の世界と一緒にするな!と思われるかもしれませんが、これは真理だと思います。モチベーションを保つ=長く続ける、ということに直結しますからね。趣味を楽しんで続けるには長期的にモチベーションを保つのが一番大事ですからね。色々な趣味を持って短期的には中断するにしても、やりたくなった時にパッとまた始めるためには長期的なモチベーションはどうしても必要だと思います。趣味は誰に頼まれてる訳でもないですし、あなたがやらなくたって誰も困らない場合がほとんどです。でも楽しいから、好きだから続けるんですよね。自分が楽しいから、自分が好きだから続けるんですよね。そこに他人がどう思ってるか、他人からどう思われているかなんて必要ないんですよ。

結果よりも内容や過程を重視するのもそういうことです。10いいねしか貰えなかったから10いいねの価値しかないんですかね?違うでしょ。たとえばイラストだったら資料用に自撮りしたり、「参考用に自撮りしたけどJCと体型違いすぎて何の参考にもならんのマジで草」「絵なんもわからん」とかツイートしたり、キャラクターを描きながら同じ表情をしてみたり、「なんっかかわいくねーなー、なんでだろうなぁ」とか独り言ちてみたり、満足のいく線一本引くのに5分も10分も掛けたり、資料用に制服を画像検索したらパーソナル広告に制服がやたら出てくるようになったり、そういう体験一つ一つを楽しめるから続けられるんですよ(私の場合)。

今までは難しかったポーズが描けるようになったり、1年前の絵と見比べて目の塗り方変わったのに気づいたり、背景のクオリティが上がったりといった「過去の自分」と比較して成長できているか、あるいは楽しめているか、もっというと評価軸はなんでもいいですが「自分が楽しめているか」が趣味では一番大事なんじゃないですかね。私が個人的にイラストを描くのが好きなので例が絵ばっかでしたが、どんな趣味でもそうだと思います。

承認欲求を使ってモチベーションを上げるのは効果的ですが、承認欲求に振り回されて趣味が続けられなくなるくらいなら、そんなもんはクソの役にも立たないので三角コーナーにぶち込んで、第二第四水曜日の生ごみの日に投棄してくりゃいいんですよ。で、楽しいと思えるスタイルで続けていけばいいと思いますよ。多分。そんな感じです。終わり。解散!

前の記事

褐色肌っていいよね。