ギョニソとエロ本と私

10年以上前、確か高校1年生だった時の話です。当時は既に携帯電話が普及しており、スマホも既にありましたが、周りはほとんどがガラケーを使っていました。

私は家庭の方針で自分の携帯電話を持っていませんでした。確か2年生に上がってから買い与えられましたが、当時は持っていませんでした。

私が通っていた学校は、今はどうか分かりませんが、当時は携帯電話の持ち込みが禁止されていました。部活等で帰りが遅くなり親に迎えに来てもらう生徒は持ち込みが許可されていましたが、それも朝から夕方までは教師に預けるという運用だったと思います。ちょっと今だと考えられないですね。しかしどちらにせよ、携帯を持っていなかった私には関係のないことでした。

もちろん教師に黙って携帯を持ち込んでいる生徒も、いるにはいました。授業中にこっそり使っている生徒もいました。そして先生方もそれを知っていました。

私のクラスには担任のN先生の他に、新任の副担任のT先生がいました。工業高校で専門的な教科を扱っていたのですが、専門教科の授業をN先生とT先生が担当していました。T先生は大学を出たばかりとのことだったので、20代前半のはずです。生徒にとっても、先生というよりは「少し歳の離れた兄ちゃん」くらいの感覚でしたし、T先生もその距離感を望んでいらっしゃるようで、他の先生がいない時はタメ口で話しても構わないという雰囲気のフレンドリーな先生でした。

ある日、ある授業でN先生が黒板の前で解説をしており、T先生は教室の後ろの方でその様子を見学していました。その時、教室のどこかから携帯の音が鳴ったのです。メールの着メロのような音だったと思います。

携帯の持ち込み、ましてや授業中の携帯電話の使用などもってのほかです。

実はN先生も、T先生ほどではないにせよ若い先生で、日ごろ生徒たちから「携帯を使いたい」という要望を聞かされており、放課後や昼休みに用事があって教室に来た時たまたま生徒が携帯を使っている現場に遭遇しても、他の教師がいなければ見て見ぬふりをするタイプの先生でした。

しかし、ただでさえ授業中で、しかもT先生が見学をしている最中です。さすがに黙認はできません。当然、N先生は「今の誰や」と、犯人に名乗り出るように呼びかけます。

案の定、名乗り出る生徒はいません。実はN先生は怒るとなかなか怖いのです。普段は優しくてフレンドリーだけど怒ると怖いタイプの先生だったのです。ちなみに字がとても綺麗でした。普段は優しくてフレンドリーで字が綺麗だけど怒ると怖いタイプの先生だったのです。

こうなっては授業どころではありません。中断して犯人探しが始まりました。N先生とT先生が二手に分かれて、それぞれ右端と左端から、順番に生徒のポケットや机、カバンの中を検査していきます。当然教室中に緊張が走ります。その中で、おそらく一際焦っている生徒がいました。

私です。

私は当時携帯を持っていませんから、当然、犯人は私ではありません。しかし私のカバンの底には、近所の古本屋で購入したエロ本が数冊入っていたのです。自室に置いておくわけにもいかず、ましてや学校に置いておくわけにもいかず、日々、重い本を学校に持って行っていたのです。その勤勉さを他に活かせないものでしょうか。

携帯の持ち込みとエロ本の持ち込みはどちらが重罪でしょうか。答えは闇の中です。しかし、なんとしてもこの存在を隠し通さねばならないことだけは確かです。

幸いなことに、私の持ち物チェックを担当するのはT先生でした。T先生には普段から「俺携帯持ってないんですよ」と愚痴っていたので、私の事情を把握してくれているはずです。荷物チェックも斟酌してくれるかもしれません。

生徒全員が机の上にバッグを置かされます。「バックを開けて待機。ごまかしたり隠したりできないように、必要以外触るな」という指示が出されます。私もバッグの口を開けます。私のエロ本と外界を隔てる鉄扉が開け放たれた訳です。当然、他の人間には知る由もないことです。

幸いリュックタイプのバッグだったので、奥底にあるエロ本は一瞥しただけでは見えません。しかし念には念を入れて、バッグの中に入れていた大量の魚肉ソーセージ(6本入りが3束くらい)をバラして上の方に置き、少しでもカモフラージュできるよう試みました。この魚肉ソーセージはおやつとして持ち込んでいたもので、これは校則に違反するものではありませんでした。

一人、また一人と荷物チェックが終わり、とうとう私の番です。先生が私の席にやってきました。まずは定石通り、荷物チェック不要論を持ち出し説得を試みます。

「先生、俺携帯持ってないですよ?」

T先生は頷きました。

「知ってるけど、形だけね」

N先生もいる手前、特定の生徒だけ荷物チェックを省略することはできないのでしょう。省略したことがN先生に知られれば、却って怪しまれます。

しかし、『形だけ』と仰いますが、私にはその『形だけ』が大問題なのです。

『形だけ』のつもりでバッグの奥底から私のエロ本を掘り起こしてごらんなさい、大惨事になるに決まっています。先生はその責任が取れますか。私はそう言いたいのをぐっと堪えました。

プランBを試みます。

「先生、俺マジで恥ずかしいんですよ。このギョニソのこと、誰にも言わないでくださいね」

ヒソヒソ声でそう言いながら、バッグの中の大量の魚肉ソーセージを見せました。

T先生が覗き込みます。想定外のことだったのでしょう、突然視界に入り込んだ大量の魚肉ソーセージに吹き出しそうになり必死に堪えていました。立派なものです。

ここがチャンスとばかりに私が畳みかけます。

「先生、マジで言わないでくださいね! 恥ずいんで!」

バッグを揺すって魚肉ソーセージを際立たせながら、そう主張します。先生は笑いを堪えながら頷き、結局バッグはノータッチのままで次の生徒のところへ行きました。周囲の生徒はその一部始終を見ていた筈ですが(やりとりは聞えないようにボリュームは調整していました)、彼らも私が携帯電話を持っていないことを知っていたので、荷物チェックを省略したと解釈してくれたのでしょう。特にトラブルになることなく切り抜けられました。

それからというもの、私はエロ本だけではなく魚肉ソーセージもバッグの中に常備するようになりました。

このように、魚肉ソーセージは手軽にタンパク質を摂取できる保存食という面だけではなく、謂れなき携帯使用の冤罪から身を守ったり、ひいては「エロ本王子」として高校時代の青春を過ごす危機を乗り切るなど、多様な用途があります。

私の青春は、間違いなく魚肉ソーセージに救われました。読者の皆様におかれましては、今後スーパーで魚肉ソーセージを見かけることがありましたら、人知れずエロ本をカモフラージュした魚肉ソーセージの雄姿に思いを馳せていただければ幸いです。

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